マイプの旅

社会の荒波を生き抜く技術を求めて。ひた走る。

お宝は苦手の仮面を被ってたりするって話

 

こんばんわ、マイペースです!

 

みなさんには苦手な人っています?僕にはいます。苦手な人をカテゴライズしようとしてもなかなかその分け方がしっくりこないのだけど。でもバッサリ人の弱点をついてくる人だったり、自分の実力以上に人に対して批判的な人、僕はなかなか自分から仲良くできないな〜って思ってます(ノ_<。)ほんとはよくないのだけど、人付き合いってなかなかに難しい。。

 

でもやっぱり苦手な意識のある人とも関わった方があなたのためになるとマイペースは思います!確かに自分と似た考えを持ってる友達だったり、古くからの知り合い、家族、恋人たちはあなたにとって居心地のいい人たちでしょう。きっとあなたのことを認めてくれてるし、何を話しても常に楽しい。でもそんな楽しい人間関係だけでいいのだろうか?

 

苦手な人との関わりにはあなたの知らない、が常にある。もしかしたらそれはあなたが知らなくてもいい、と思い込んでることかもしれない。でもそれは本当かな?一歩、自分の殻を抜け出てみたら自分の常識は通用するだろうか。そもそも苦手って自分が理解できる程度の外側にあるモノ・コトだから得体がわからなくて触れたくなくなるのかもしれない。だから自分の姿勢次第で苦手は普通になるかもしれないし、もっともっと触れたら人よりもそれに長ける可能性だってある。結局はそれに当たる頻度の問題ってことはよくある気がする。だから苦手かもって自分が感じたところにはあなたの知らないことが詰まっているし、それはのびしろに他ならない、かも!

 

今日マイペースは苦手(と僕は自覚してるし、相手にもそれが伝わっちゃてる気がする)な人からアドバイスをもらった。その人は多分僕のためを思ってよくアドバイスをくれる。それ自体はありがたく思わなければならないことなんだろうけど、僕もひねくれてるもんで。本当に尊敬できる人からの助言ならすんなり受け入れられるけど、言っても自分も大したことないくせに〜とかって思えてしまうと、その人からの話しに耳を傾けることに抵抗を覚えてしまう。このこと自体は今もそう変わってないと思う。

 

でもふとした時にその人の別の角度から見てみるとまたちがう顔が見えたりもする。そこでその人のいいところを発見できると、あ、この人は本当はこんないいところがあって、そんな素敵な人がくれるアドバイスなら(ジャンルは違うかもしれないが)多分僕のことを思って言ってくれてるんだろう!ってポジティブに考えられるようになる。これ使える!

 

実際今日もらったアドバイスは今まで疑問に思っていた僕の疑問を解決する大きなヒントになった。まだ実践の中で活かしきれてないけど、これは財産になる。言葉は何かを認識するときのヒントになるし、それが経験と結びつけば実力となる。だから人があなたが普段使う言い回しと違う風なことを言っていたら、さっとメモをとって見たらどうだろう?意外と勉強になると思う。

 

てな感じでお得がたくさんあるから苦手な人と関わることは大切だし、避けまくるのはやめよ〜ってお話でした!

 

徒然に書いてみた(⋅⋎⋅)もうちょいだけ早く文章書けるようになるといーなーと目標を高く設定しておく!

 

今日の一歩

苦手な人とも関わってみよ〜

苦手な人はあなたの知らない大切なことをたくさん知ってるから。

厳しい上司は嫌煙される存在かもしれないけど、意外といいことアドバイスしてくれてたりもするかもなんだよね。

親友になれとは言わない!けど、苦手な人から逃げるのも意外と損してるかもだよ?

 

今日はここまで。

それではいい夜を!

 

 

あなたの家の内側・外側

こんばんわ、マイペースです!

 

人と人との出会いって本当に貴重。数週間、一緒に過ごした友人との別れがとてつもなく寂しく思えることもあるし、たった一日酒を飲み交わした男を一生の友人のように感じられることもある、かもしれない。

 

僕はもともと人情味に溢れるタイプではない(と自覚している)のだけど、ここ最近その自己認識も変わりつつある。人との付き合いが影響を及ぼすというのは真である。今の彼女はとっても人間味に溢れていて、こちらまで優しい気持ちになれる。学生時代、家族との関係が良好とは言えなかった僕だが、今ではだいぶ改善したと思っている。なんだろう、心に余裕ができたのかな?でもこの正の要因は彼女との交際にある気がする。言ってしまえばそれ以外にあまり思い当たる理由はない。

 

人との付き合いなしに人は生きられない。そんな無限の数だけある人間同士の関係だけど、どの関係が最も大事になるのだろう?部署の上司?長い付き合いの友人?それとも今の恋人?どれもかけがえのないそれなのは間違いない。しかし僕にはこれらと比較して家族との関係がとても重要に感じられる。

 

僕たちは家の外にいるとき自然と大なり小なりあるが接待モードとなるだろう。居心地のいい職場はきっと働きやすいだろうが、僕個人の考え方をいうなら、ピリッとした緊張感も同時になければ生産性はきっと落ちるし、提出書類の締め切りも破ってしまいそう。

 

あなたには全てをさらけ出せる友人はいるだろうか。僕にはいない。最低限親友にも見せれない表情があるし、それを共有しなければ真の友情を得られないというのなら、世の中に真の友情で結ばれた友達同士はどれだけいるのだろう?一方気を許した恋人に対しては100%素でいられるという人もいるかもしれない。もしそれが本当ならそれってもはや夫婦。家の内側にあるべき関係性なのかもしれない。

 

家の外に出ているモードがONならば、家の内側にいる状態はOFF。スイッチを100%切り替えることはアンドロイドでもない限り難しいかもしれないが、家の中にいる時には必要以上に気張ることもなく、スイッチは限りなくOFFに近いと思う。つまり、家の中はスイッチの切れかかった人同士が集まる空間である。

 

だから、共働きの家は家事をこなしていくのも難しいかもしれない。食事の準備を毎日するのも、家の中を掃除することも正直きつい日もあるだろう。切れかかったスイッチの電源だけではあらゆる家事をこなすだけの体力を賄えない。人間関係もこれに似たところがあるかもしれない。家族とのコミュニケーションを大切にできるだけの電池が残っていなければ、家の中はサバサバした空間と化す。痛々しい。

 

もしかしたら家族みんな予備電源で家の中の関係を保ってるのかもしれない。それが家族の人間関係なのかもしれない。でも、そんなギリギリの関係なのだとしても、あなたがそのことを知っている意味は大きい。あんなこと言われたけど、もしかしたらお父さん会社で何かあったのかな?イライラしてるみたいだけど、お母さん具合悪くない?そんな風に声をかけたり、気遣いを1mmでもいい。お互いしてあげられる家の中になったら、もっと家の中は心安らぐ空間になるし、そうすれば外でももっとパフォーマンスを向上できる気はしないだろうか?

 

みんなONの自分については注目するし、対策を考える。一方OFFはいつもその影に隠れてしまう。だからこそ少し家族との関係を考え直してみることが自分の居心地のいい家の内側、外側を作ることに繋がる。

 

今日も一歩

家族との時間は大事

家の内側はみんなOFF。ってことはみんなだらけるのが普通。

じゃあ家族の欠点を非難じゃなくて、フォローしてあげれるようになったらいいんじゃん?

家族との関係がよくなれば気分は晴れるし、家の外でもモリモリ頑張れそうじゃない?

 

 

主観たっぷりなお話でした!そんなもんかね〜って感じで読んでくれたら嬉しいです!

 

 

それではいい夜を!

 

怒ると叱る

こんばんわ、マイペースです!

 

今日、久しぶりに(いやもしかしたら職場では初めて?)叱られました。

いやーいい大人になってお恥ずかしい限り。何が原因だったかな。

 

1メールを細部まで確認していなかった

2上司Aに出来事を話す際言葉足らずだった

3そもそも指示を仰ぐのであれば、様子を伺ってまず上司Bに聞くべきであった

4職場の人間の性質は把握したつもりでいたが、未完遂であった

 

あたりかな〜色々肝に命じておこうと思います〜

 

叱られた後しばらくはいい気分しなかったんですけど、でもちょっとしたらなんかこう、興奮してきたと言うか。あー叱られるってこんな感覚だったっけ、と改めて感じました。学生時代以来かも。でも社会人になって少し図太くなったせいか、叱られてる最中もこの上司の叱り方には筋が通っているから自分が反省すべき点が明確だーとか、少し前だったらもう心がポッキリな場面なのに、お、成長してんじゃんってもう一人の自分が自分を客観視できるようになったり。いつのまにか伸びてた〜よかった。

 

あ、でも、うちの職場にも常に周りにイライラを振りまく系の人もいるんですよ。実際僕もその標的にされたこともあるし。でも前文で話したような納得のできる叱り方ではなかった。その人は怒ってるんです。対象は何なのかいまいちよくわからないけど。

 

つまり何が言いたいか、叱ると怒るは違うと思います。まーほぼ同義なのかもしれないけど、僕個人としては怒るは動物チックに思える。なんか僕にミスがあったとして、そのことについて上司からお話しされるとする。その内容が僕のことを思っての教育的なものなら僕は叱られてるんだなーと思うし、なんかこの人自分がたまたまイライラしててたまたま僕のミスを見つけたからガミガミいってきてんのかなって感じたら、あー怒られてるわって思います。

 

前の自分はいっしょくたに凹んでたけど、そんな必要なかった。叱られたらうまくパフォーマンスできなかったことについてはちょい悔やんでもいいかもだけど、上司にアドバイスされていることについては悔やむ必要なんてない。怒られても凹む必要はない。最悪って思うのもあながち間違えてない。怒るに教育的意味はない。あなたを育てていない。台風が過ぎ去るのをただ待てばいい。今日は少し運が悪かった。まあおんなじ地雷踏むのはこっちにとっても相手(上司)にとってもエネルギー使うのでエコじゃない。注意してそこは避けて通るようにしよう。

 

実際自分が上司とか、先輩と呼ばれる立場になると感じるのだけど、気持ちを乗せて相手を改心させてあげようとするのってほんと難しい。だし、これまたエネルギーを使う。これいったらうざがられそーだなとか、次からビクビクさせちゃったらどうしようとか色々考えちゃうし。叱る側にとっても相手のこと思ってなきゃなかなか叱るなんてできないのよね。

 

だから、叱られたら素直に反省すればいいし、怒られたらただ何にこの人怒ってんの?ってしょうがないから冷静に原因見つけておんなじことしないようにしよう。エコに、学習していこう。

 

今日の一歩

叱るはあなたを成長させてくれる、ありがたいアドバイス

やなやつ!のレッテル貼られることわかってて言ってくれてるんだよ?

自分が叱る立場になってみよう。怒っちゃダメよ。

叱られたら真摯に受け止める。怒られたら受け流そーぜ!

 

今日はこんな感じ。負け惜しみチックなお話でした〜笑

 

それではいい夜を。

コミュニケーション、うまくいってます?

こんばんわ、マイペースです!

 

今日、友人に『英語ってどうやったら話せるようになるの』と聞かれました。返答に結構悩んでしまう。なぜかって?僕の話せるようになるまでの方法が必ずしも最短距離だとは思えないから。今はそんな風に考えてる。

 

身も蓋もないことを言うけど、英語を話せるようになることに最短も何もないとマイペースは感じてます。だって僕が話せるようになったわけは単に長い時間をかけて英語に触れてきたから、これに尽きる。あ、強いて言えば長い時間をかけて、色んなアプローチの仕方から英語と向き合ってきたから、かな。英語ができるようになるのに王道も何もない。ただ、日々触れていく。それだけ。英語ができるってゴールがあって、そこまでの過程はほんと人それぞれな気がする。

 

塾で講師をしていた時、会社の同期に少し英語のことで悩んでいた(風に見えただけかもしれないけど(;☉_☉))時も、『こう言う時はこれしてみるといいよ!』『このサイト参考にしたらどうかな?』ってアドバイスしたつもりでいたけど、どうだろ、押し付けっぽくなってたかもなって今になって思う。まあ本当に路頭に迷っている人に一つのアイデアとして示してあげるのは悪くないだろうけど、断定口調はうまくないよね〜少し反省してる。僕が経験したルートはあくまでone wayでしかなくて、その方法を信じてやってきて、見事それがうまく行ったんだからそりゃ嬉しいし、プライドも生まれちゃったりなんかもするのだけど、でもあなたのルート以外にもゴール行きの道っていくつもあるんだよ。

 

だから人の意見、あと人自身を尊重することって大切。この人には自分のことも含むのだけど。自信過剰な人は人の意見に耳を貸してみて。自信のない人は自分の意見も尊重されるべきかけがえのないモノなんだよって言い聞かせてあげて。それぞれそんな感じがちょーどいい。自分の意見を相手に話す時もバーってたたみかけるように言うんじゃなくて、しっかり相手の話を聞いた上で、それを全否定するんじゃなくて、『あなたの意見のここは素晴らしいと思う。けど、この箇所についてはこんな風に考えることもできるのかなって。』とか、ありふれたこと言っちゃてるけど、大事だなーって社会人になってからもよく思います〜

 

僕個人の目標を言えば、話すことが好きだから興奮するとつい人の話を遮っちゃうことがある。これにじゅーぶんに気をつけたいと思います。前文で散々偉そうなこと言ってて何抜かんしとんねんって感じだけど。気を許している人相手だと言いたいことが溢れてきてついついってのが言い訳なのだけど、そんなことは相手には関係ないですもんね。綺麗なスパイクが打てるとしても、仲間にいいトスあげてあげることもチームスポーツではとっても大切なことですよね?うまくもない比喩で締めくくりますっ。お後がよろしいようで(ゲス顔)

 

今日の一歩

ゴールまでの経路はいくつもある。

あなたが進んだ道も素晴らしい。けどあの子の選んだ道も同じくらいいいもの。

だから自分の意見を話す時には独りよがりになっちゃダメ。

一日の終わりに今日の自分どーだったかな?って考えてみるのはどう?

 

 

ブログだったり、日記書くといい反省できるかも?

密かにおすすめしながら今日は眠りにつくとします。

 

 

それではみなさん、いい夜を。

ストイックなあなたに必要なのは“遊び”かも?

こんばんわ、マイペースです!

 

ここ最近の記事は意識高い内容が多かったかなーとも思います(´☯ ف ☯)

(思いの外可愛い顔文字を召喚してしまいました。恥ずかしい。)

ひたすら頑張りなさい、そんな空気感漂わせていたかな〜と。

まあ努力を積み重ねるのは大切なことだと思うし、しなきゃなのは間違いない。

でも“遊び”って知ってます?

 

機械の連結部分が、ぴったりと付かないで少しゆとりがあること。

大辞林第三版より

 

きっちり文字通り機械的に動作するロボットにもこんな風に余裕を持たせてあげることが大切なんです。まして余裕のなくなった人間がきっちり働くことができるでしょうか?ストイックに何かをこなせる人はクールだし、尊敬に値するかもしれない。でもそれじゃあ持たないよーとマイペースは思うわけです。休むことは大切だ。

 

人って昔の自分をついつい美化してしまうところがあって。僕もカリカリ勉強していた頃の自分は本当に一生懸命に机にかじりついてたな〜とか懐かしく思い返したりもします。少し自負もあったり。まあ確かに頑張っていたのは事実だし他にやりたいことがあってもそこそこ我慢強く問題集解いてた。だけど、自分の時間ぜーんぶを勉強に投資できてたわけじゃない。やってたけどそこまでじゃない。よく思い返してみれば、女の子とメールもしてたし、デートもしたし、友達とボーリングしたり、映画見たり、スポッチャ行ったり、色々青春してた。ともすると忘れちゃったりするんだけど、勉強を一番大事なものと捉えて、できるだけそこに全力投球したいって思ってたその真っ只中の時もしっかり遊びを持たせてたんだよ、あの頃の自分も。

 

昔はもっとやれてたのになあ、みんなそんな風に思っちゃうんです。でも実際そんなことない。錯覚。遊びを持たせた方がメリハリ、ON/OFFがしっかりできて本業にもさらに精が出る。休んでいいです。

 

 僕は彼女との時間はまるっと全力で楽しむことにしてるし、食事の時にだらーんと録画したドラマを観るのをささやかな自分へのご褒美にしてる。何かトラブるとそれまで確保してた遊びの部分を削ってでも勉強、仕事を増やして帳尻を合わせようとしてしまうものだけど、どうなのだろう。時に目標を少しだけ下げて、小さな成功を自分に経験させてあげる。これで調子付いた結果当初の目標まで達成してしまうなんてこともざらにある。つまり、自由時間を仕事に回す以外にもその状況を打破する手立てはあるはず、ということだ。

 

 今設けている遊び以外に取り入れたいのが、湯船に浸かること。健康にはいいみたいだよ〜

この記事はこの辺で。 それではいい一日を。

飛び込め!

こんばんわ、国際担当マイペースです!

 

業務上英語を使うこともちょくちょくあるけれど、やっぱり会話の第一声を発する時って緊張する。僕は将棋でも2手3手先を読むことが正直得意ではない。会話でもある程度の方向性を想定して臨むことも大切かもしれないけど、毎回完璧な準備をしていくなんて難しい。むしろフリートークならこっちも相手も会話の流れは出たとこ勝負。ある意味そっちの方が気が楽だったりする。準備しなかった自分を責めなくて済むから。

 

すごい喋れてるなんて感覚を覚えることはそうそうない。何かしら引っ掛かるし、こそばゆい思いを毎回経験している。悔しいし結構練習してるのになんでイメトレ通りに行かないん。自分に嫌気が指すこともよくある。でも、だから一歩踏み出すことを億劫に感じるか。いやそれはない。

 

何か物事に飛び込むことはいいことだ。飛び込むと言うからにはそのモノ・コトはあなたにとってハードルが高いコト。敷居の高いモノ。

 

なんでいいことか?飛び込めば当事者になれるから。傍観者は三人称にしかなれない。傍観者の感じる何かはつまるところ飛び込みをする人がくれたおこぼれでしかない。そんなおこぼれとレース参加者が獲得する名声、賞与、高揚感、どちらがより貴重なのだろう?僕はレースに参加したい。

 

でもほら、なんでも首突っ込めばいいってもんでもない。なんでもやる人ってのは何にもやんないのと一緒。は、言い過ぎだけど、何かを極めたいと思ったら必然的に時間は奪われるはずだし、なんでも、はできない。だから自分がコレ!って感じるモノ・コトに飛び込んでいけばいいんだよね。がむしゃらに突き進んだ先に初めて見える景色があるはずだし、突き進んでいるまさにその瞬間聞こえる音、地面を踏み込む足の裏に感じる力強い大地の感覚、たくさん感じ取るはず。好きなことじゃないとなかなかがむしゃらにはなれない。

 

自分で好きなことがわからないのならまず駆け出すのもいいかもしれない。そのまま駆け抜けられるのならそれはあなたにとってかけがえのないものなのかもしれないし、そうじゃないならあなたは未曾有のハイスペックかドMのどちらかだ。

 

今日の一歩

飛び込もう!

当事者になって初めて見える景色がたくさんあるから。

でもあたりをつけることは大切。じゃないと疲れちゃう。

明日いつもより出しゃばってみるのはどうだろう?

 

まだまだ文体、コンテンツ共に安定しないし、書くのに謎に時間がかかる〜

でもまあ人生トライアンドエラーだと思ってるので(◜◡◝)

今日もお付き合いありがとうございました!

 

それでは今日もいい夜を。

 

千里の道も一歩から

こんばんわ、まいぺーすです!

 

なかなか思うようにブログを更新することができてませんでした〜でも千里の道も一歩からって言いますし、なんとか頑張っちゃおうと思います。

 

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さて、今日は紀伊国屋書店に行ってきました!ブログを継続的に書くにはどうすれば...?のヒントが少しでも手にはいればと思いまして、トホホ。でもそのおかげでとっても有益な情報をGETできました(^^)v

 

簡単に言ってしまえば1,000文字も書けなくていいからとにかく更新しよう!ってな話です。その通りだと思います。

 

たくさん書けないからまだ温めておこう、これを言うには根拠が不十分。結局は表現することを先延ばしにするためのいいわけだったのかもしれないなあ。僕、基本はゆるーくやっていけたらなあってスタンスで生きてるんですけど、それでもこれだ!っと思った何かについては変に完璧を目指したくなっちゃうところがあって。

 

でもよく考えてみればそれじゃあ元も子もない。いくら頭ですんごいことを考えていても、言葉は発しなければ誰にも伝わりません。ラブラブな二人の間に存在するという以心伝心も、画面上で文字情報だけで繋がっているブロガーと読者の間にはなかなか通用しないんです╮( ꒪౪꒪)╭かなしいけどそりゃそーだ!

 

だから完璧じゃなくてもとにかく書く。そして公開する。これを毎日ひたすらこなす。もちろん内容が、ん?って時にはリライトもたくさんする。

 

よし!今日から3ヶ月、文量は少なくなるかもしれないけどブログを毎日更新しようと思います(˄ˍ˄)拙い言葉、追いつかない知識量で表現することも多々出てくるはずです、すみません。ご了承してもらえたらなーと。

 

このブログは僕まいぺーすが読者のみなさんと成長できたらなーと思って更新させていただきます。よろしくです!

 

今日の一歩

いきなり100%を目指さなくていい。

挫折しちゃうかもだ。

だから一歩ずつ着実に進もう。

3ヶ月の道のりも今日1日から。

 

今日からこんな感じでまとめコーナー(今日の一歩)を書いていけたらと思います( ˆᴗˆ )毎日少しずつ前進できたらと願いを込めてのこのネーミングです!

 

ではでは今日はこんなところで。

おやすみなさい。